先月の夢
いつの間にかもう六月です。今月より新潟市はごみの分別方法が変わりました。10分別だったかなぁ。やたらと多く今時点では詳しく把握してません。個人的には、有料化だったんだから高性能焼却炉をつくった方が正直有難いです。けれど、環境の為を考えてのことなんでしょうね、きっと。とりあえずは大変です。
大変といえば、XPパソコンが定期的(一年ごと)に調子がおかしくなり、今年も五月頃から不調でついにリカバリーかけました。今現在ソフトを慎重に入れなければと思うと憂鬱です、さらにホームページソフトも買ったからその勉強もしなきゃ(実際やってませんが
)という思いやら、何から手をつけていいやら・・・
そんなんでもたもたしてたら、夢の話はどうなりましたか?と問い合わせが
きました。つまりブログ見てますとの事でリクエストがありました。そういえば、慰霊祭の所で書いたのを思い出しました![]()
いや~だけど人の寝ぼけた夢語ってもつまんないですよね。けれど、歴史上の高僧が夢のお告げで云々みたいな話があるから、どうやらその方は期待されたようで・・・一応私はお坊さんだった![]()
歴史的な立派な話はありませんが、種蒔いたのは私ですので、先月初めに見た夢の話を書きます。(そういえば、あれ以来夢自体見てないな・・・)
夢では、私はとあるビルにいきます。何故かカウンセリングの仕事を頼まれ面接に呼ばれましたらしいという設定でした。部屋には何人か結構いるのですが、人の顔は真っ暗です。(イメージはマンガ名探偵コナンの捕まる前の犯人像みたいかな)
次に夢にありがちな展開で、トイレに行きたくなります。(子供だったらここで気持ちよくおねしょなんでしょうか)まぁトイレを探すのですが、廊下が古い病院みたいになっていて、しばし歩くと「御手洗」と時代を感じさせる字で書かれた大きなトイレがありました。しかし、中に入ると沢山のご遺体が![]()
えっ
といいすぐ閉めました。(夢ではあっさりした驚きです。こんな事あるんだなって感じなのかあっ間違いました
って感じ)振り向くと女子トイレがありましたが、ここもご遺体がぎっしりという感じでとりあえずトイレはやめました。次に階下に行きますと、地下にいく通路を発見。しかし、階段はなくバリアフリー。そこへ、入ろうとすると老人が数人出てきて私を止めます。「ここからは普通の人間は入れないよ」と制止するのですが、なんとなくその向こうの世界の雰囲気を感じた私は[大丈夫、坊さんです」といい地下へ行きました。
そこは体育館のような大きい広場で、ものすごい沢山の人がいます。役人らしき人が帳簿を見ているのですが、字が読めないのか悩んでました。「どうしたの?」といいのぞくと、名簿らしきものでしたので、名前を読んであげました。すると、私の回りに感謝を述べる方々(男性ばっか)が集まり、「助かったよ孫たちは読めなくてね。だから、ここで足止めなんだよ」といった内容をいわれて、目が覚めました。
なお、地下にいた人、トイレのご遺体はカラー映像で、どうやらすべてあの世の方々みたいで、戦没者みたいでした。対して生きてる人はすべて真っ黒で顔が判別できないという夢の中の設定がありました。
何故、慰霊祭の時にこの夢を思い出したのかといえば、あの名簿は過去帳(のようなもの)ではなかったのか。と思ったからです。つまり、供養してといいつつ、実際誰の供養なのか?分からない顔ぶれといった方々達の視線を(法話の時)感じてしまい、つまるところ「何の為に遺族年金もらったのか?」という疑問も持ちました。
こういった話は受け取り様によっては難しいのですが、実際戦没者の方々はニコニコしており、けれど寂しい顔で孫に気付いてほしい事があるんだ、あんた頼むよみたいな事をいって消えて行ったので、遺族云々の話ではないから誤解なきように。
今の6、70代の方をみると、私がこの寺に来た6、70代と明らかに違う印象をうけましたし、私自身が認識する老人とは違うのです。時代の変化ではなく精神面の変化が見られます。先回、宗はあるが教がない日本人と書きましたが、ここに関連しそうです、話が長くなるのでまた書きます。
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