もちピザ

ここ数カ月程、一人暮らしであります。そんな事情が分かる方から食事とか心配されます。

先日も檀家の奥様から、「初めて作ってみました。食べてください」と五目おこわを頂きました。この言葉といいい五目おこわの量が沢山でない所がさすが和尚の状況を分かっているといった心配りで有難かったです。その日は、煮ぼしだしで油揚げとほうれん草の味噌汁を作り、卵屋さんのおばあちゃんが卵を持ってきてくれたので、有精卵の卵焼きを作り、その他おかず二品ほどつけて結構定番ですが和風メニューにして頂きました。ごちそうさまです。五目おこわ美味しかったですよヽ(´▽`)/

ふと思いましたが、和尚はここまで結構料理をしている事実に気づきました。自分で言うのも何ですが、美味しいく栄養バランスも摂れているのでは?と我ながら感心しています。元々子どもの頃から料理はしていましたから、最近は何を作ろうかと考えるのが楽しいです。

野菜も必ず摂っていますから、むしろ健康になってきましたし、台所も綺麗に機能的になりつつあります。けど最近は法事がないため、肉魚系を食べてないなあと思い久々に買い物に行きました。そんなんでブリの照り焼きを作ったり、ひれ肉ブロックが特価品だったから、とんかつを揚げたりしました。長いもが余っていたので、溶き卵にすりあわせたせいかカラッとサクッと揚がり美味しいかったです。漫画のミスター味っ子で書いてあった隠し味を思い出し、長いもいれてみました。

思えば、和尚は美味しんぼや中華一番、クッキングパパとか料理漫画が好きだったのが幸いしてます。今日ブログを書いたのは、余り物で料理したら結構いけたので、お手軽ピザを紹介します。けど、なんか一味足りない気がしますから、料理に詳しい方からむしろアドバイス頂きたいなぁと思い食べてましたdespair

寺ですから、正月にお餅を結構沢山お供え致します。最近は真空パックのせいか急ぎ食べる必要がないなと思ったら、なんと今日まで余っておりました。賞味期限は切れていますが、捨てるのはもったいないし、まだ食べられるはずですので、かといって普通に食べたくないな~と思っていたので、今日は以前からしたい事にチャレンジしました。タイトルのもちピザです。

まず餅を煮て柔らかくします。それをピザの生地(市販のものです)に平たく伸ばし乗せます。そしてピザチーズをまぶします。海苔をハサミで切りながらまぶします。(海苔も寺は結構頂くんです・・・)プチトマトを切りまぶします。あえて和風にしたかったのでピザソースとかは使用しません。とにかく余り物で簡単にをモットーに調理です。そして餅をぺたぺたのせている間に温めたオーブンにピザを入れて5分ほど焼いて出来上がり。調理は20分かからないです。焼いている間に、コーヒーを入れます。むらしている間に読書もします。優雅です。チーン出来上がり。

照り焼きソースといった甘いソースが合うかなと思いましたが、ちょうど名古屋土産の味噌カツソースが余っていたので、それで食べました。甘いソースなので子どものおやつにもいけるかな?って感じです。また、もちピザ自体があっさりしているから年配の方にはいいかもと思いました。しかし、次回はもう少し具を乗せて作りたいと思います。サラミやピーマン位は乗せたいと思いました・・・余り物処分だったので、具が・・・さびしいwobbly

以上、余り物処分レシピでした。まだ、餅が余っているので、バリエーションある食べ方教えて下さいませ o(_ _)oペコッ

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花まつり今年も開催

ほんとに久しぶりのブログになります。実は和尚の最近の動向を知られたくない状況にあったので控えておりました。(精神的につらい状況もありましたが・・・)最近は少々変化があったので再開致したいと思います。思えば宗教心&新たな布教の展開を狙いスキルアップを図ったのですが、いきなりこける事態になり、あっという間にスタートから一年経ってしまいました・・・

さらには、人様の悩み相談やら駆け込み寺なんてやってる状況でなく、和尚自身が悩んでいる状態です・・・しかし、この体験をいずれは活かしばねにして、マイナスをプラスに転じたいと思っております。(あくまで、いまのところですが・・・)

まあ、何事があったかはおいおいと話せればと思いますが、それなりに波乱万丈な生きざまですなぁ~crying

さて本題。

ホームページにもアップしましたが、今年も花まつり開催が決定致しました。廻り当番制ですので、今回は東船越の浄源寺様で開催されます。6月7日です。興味ある方は、近隣遠方問わず参加可能ですので申し込み下さいませ。

なお、昨年は和尚の寺が会場という事もあり、また二巡目という事もあり、和尚は個別撮影を致しました。写真の出来はホームページでみていただければと思いますが、元々和尚は写真家志望であり坊さん修業の前は、東京の業界スタジオで写真修業をしておりました。それがなんの因果か坊さんになりましたが、いずれにせよ、せっかくの技術ですから、役立てたいと思い、無償で写真撮影をしております。

営業写真館の料金を思えば、それだけでもかなりお得sign01ではないかと思います。家族写真も可能ですから、遠慮なく撮影されてくださいませ。

いずれは、遺影撮影会をやりたいのですが、この辺でやると不謹慎だと言われそうだし、またまたあの和尚は・・・なんて話題提供しちゃいそうなんで、あくまで現段階は構想だけですが、実際、ピンボケ写真を何万円もかけて大きくして、大勢に見られ、次世代まで飾られる写真をなぜ用意しないのだ?と思いますよ・・・もし、興味ある方はご一報くださいませ。あと、撮影テクニックは営業写真館とは、全く別物ですので、撮影される価値はあるかな?と思いますよ。

あっけどお稚児撮影はオープンですから、マル秘ライティングテクは公開しませんから・・・あしからず。

脱線しましたが、花まつりやりますし、ブログも再スタートします。

追伸

ホームページは実は昨年は結構デモ版という具合で作成したので、内容的にはかなり修正しなければならない所だらけです。ですから、これらも、パソコンの勉強しながら変更かけたいと思いますので、気長に変化を楽しんでアハ体験してくださいませ。

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弥彦山登山

昨日18日に小学校のボランティアに参加しました。毎年恒例の全校弥彦山登山があるので、小学生達と一緒に登るボランティアに参加しました。

ちょうど友引でこの辺では葬儀だす方もいないし、上の子供は6年生で登山は最後だな、更に妻が毎年ボランティア参加していたなと諸々の思いが浮かび急きょ参加登録しました。

数日前の予報では天気良くないと言われ保護者間では心配していた天気ですが、なんと予想以上にいい天気、秋晴れで風がほんとに清々しい日となりました。(実は和尚は晴れ男sunです)

和尚は2号車バスに乗り五班を担当しました。和尚の子供二人とはバスやら班では全然別で、そんなわけで登山も弁当も一緒に仲良くとはなりませんでしたが、楽しかったです。

この日は小学校登山ラッシュでほかに2つの学校が登っており結構休憩取りながら登れました。ちなみに、他の保護者ボランティアの方に、和尚は「散歩みたいな恰好、歩きですね」とか、その時息が上がってる父さんボランティアさんからも、「さわやかですね」とか言われたりしちゃい、実は和尚の体力は結構あるのではないかと思いました。まだまだ人生これからだsign03という和尚は、今後20代の頃に気持も体力も若返る勢いで登りました。

登山途中で一緒の子供にだした和尚の質問

「弥彦山は上り坂と下り坂はどっちが多いかな?」と聞いたら、「うーん、上り坂」って返答されました。たいてい上りはきついからそういう感覚的な答えになるのでしょうが、「正解はどっちも同じ坂だから、同じだよ」と教えてあげました。しかし、納得されなかったようで「だって・・・」てな子もいました。帰りになんとなくわかったけど、下山はバスでした。子供達には同じ坂の感覚が味わってなかったのですね。

しかし、上りの苦労は喜びにつながるけど、下りはまさに転げ落ちる感覚ですなぁ~(意味深coldsweats01

ちなみに、上りさか、下りさかのほかにもうひとつさかがありますが、なんというさかでしょうか? とんち問題ですから、正解は次回ブログもしくはメールで返答しますよ。でも答えは簡単か・・・

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困りました

本当に久々にブログを見たらコメントを頂きました。大変有難く、更に私の体まで気遣って頂き感激です。予定ならお盆明けには、希望に胸膨らみホームページの更新やらブログの充実を図ろうと意欲満々だったのですが、家庭内の事情でそれどころでなくなり心身共に弱って今日まで悩んでいました。

 この寺に育ったわけではないのですが、寺の再建に一所懸命やったつもりで、それゆえに私の余裕のなさなのでしょうが、家庭内の問題も多くありました。妻はその都度、成長していると最近は非常に出来た女房だと自慢だったのですが、結果的には十年以上足並みをそろえたつもりの妻の理解を得られてなかったのだなぁと思うに至る結果となりました。本当に何度も何度も話し合いましたが、そんな考え方してたのか?という事になり私としてはただただ唖然とするばかりです。あまりに自己中心的であり人間不審に陥りました。妻にも言い分がある筈ですから、フェアの為差し控えますが、まさかです。

※ちなみに、新宿駆け込み寺の玄さんから、直に電話頂きました。「佐野さん、そのまさかばかりだからわいがいるんや、またこれから相談あるから電話切るけどがんばりぃ!」と励まされました。

何事も原因があって結果があります。私も人間ですから悪い部分は承知なのですが、それについて何度もその都度話あったつもりですが、この度、事件が発覚しそれについて話しに話した結果、根本的に考え方受け取り方が違い、足並みそろえようという考えは愚か、私が忙しければ忙しいほど足をひっぱる行動考えにでる性格なんだなと嫌というほど突きつけられたので、ブログをしばらく休止しなければと記事を書こうと思いました。

しかし、コメントがあったので、やはりもう少し活動をコツコツ頑張ろうという気になり、記事の文を変更しました。

和尚の体調不良を理由で活動休止と思いましたが、やはり嘘はいけないと思い家庭問題を理由にブログ内容をしばし変更せねばという発表に代え、ブログは存続し、しばし心の回復を待とうと思いました。きっと同じ悩みを抱えている人は多いことでしょう。いつかはこの経験がお役に立つ日がくると思います。

シャバを生きるのって辛い、しかし必ず未来があるさって思い和尚もがんばります。

ちなみに、先月40歳の誕生日を寂しく過ごしました。不惑の歳ともいいますが、いきなり大きな悩みを突き付けられ迷いに迷ってます。まだ、一歳に満たない赤子がいるのに途方にくれてます。 

追伸 コメントくれた方に感謝です。頑張りますね。

あと、ベビーシッター至急募集中です。

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テレホン法話です

我が曹洞宗の新潟県第一宗務所では、テレホン法話というお坊さんのお話が聞ける局番があります。3分十円の時代に出来た伝統ある法話局番です。そういえば私が依頼された年数数えても、かれこれ十年以上になるなぁと古さを実感致します。

よって、いまどき、電話説法かよtelephoneと思う方もいるでしょうが、見方をかえれば、手作り感覚でほのぼのするし、なにより自分の携帯に番号登録すれば、いつでもどこでも気楽にお坊さんのありがたいhappy02お話が週替わりで聞けるなんてすばらしいsign03かも・・・よcoldsweats01

という事で、今年もテレホン法話頼まれまして、只今、どなたでも通話料だけで和尚の法話アンド和尚の声が聞けますよ。(7/15~7/21です)

局番 0258-34-4455です。おかけ間違えのないように・・・

ちなみに、深夜の録音でしたので、やるほどに眠くなりろれつがまわってなくなんじゃこりゃという感じアンド時間オーバーの法話でやる気あんの?てな感じですが、是非聞いて下さいませ。お題は「大きな落し物ありませんか?」です。

コメント&メール等で感想お聞かせ下さいませ。

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ご無沙汰です

六月も終わりかけてますが、今の思いとしてはブログを続けている方の努力いや才能に感心します。

言葉、感情を整理しなければと思いがいけないのかなと思いますが、実際、そんな間もなくいろいろ出来事(個人的、社会的にも)がありました。社会的には、秋葉原や大地震といったことがあり、一体どうなってんだ、これからどうなるんだ?という思いです。しかし、秋葉無差別殺人はいろいろ複雑な事情、それに対する同調意見はあるかも知れませんが、殺人はいけないですね。

こういうと「なぜ人を殺しちゃいけないの?」なんて思う世代の方もいるでしょうが、ここは一つ「殺しはダメ」という大前提で「なぜ?」を考えてしばらく生きてくれたら有難いです。その思考過程が、きっと今の状況を変えてくれると思います。

話かわって・・・   いつぞやは、宗はあるが教がない日本人と書きましたが、今月初め、思わぬ訪問者がお寺に来ました。

天気が良く、昼前に檀家回りの勤めも終わったので、本堂を開け広げ掃除をしてたら、お参りさせてくださいと男性の老人が来ました。「いいですよ」というと、なんとお経をあげ始めたのですね。

単に手を合わせ、鐘を鳴らすだけと思ったらびっくりです。そんな訳で、私はその方にお声を掛けたのですが、お歳は90代とのこと。しかし、60歳までは、地獄でした。とドキっという発言。けれど、今は最高に幸せです。と続きがあり、ほっconfidentです。

いろいろ話は聞いたのですが、ここでは長くなりそうなので省きますが、ちょうどそのころ、戦没者関係のブログをした後だったから、この老人が和尚のブログ見たのかな?まさかなぁ~。(実際ありえません)でもなんでこの時期になのかなぁ~という思いでお話を聞きました。(戦争、戦後の話をされてました)

結論からいえば「不思議」です。観音様がお姿を変え私の前に出現した印象でした。

また、書きたいと思いますが、更に不思議なこと。

それから数日後、いつも通り、檀家さんの所に行きお経をあげたら、その家のおばあちゃんが、「お寺さん今日は仏の話を聞かせてください。」と言われました。90代のおばあちゃんですが、普段はベッドで寝て過ごし私のお経になると、這って私の近くまで来て下さるおばあちゃんです。

私は「おばあちゃん、いつもどうやって過ごしてますか?」と尋ねたところ、「布団の中でいつも手を合わせお経をあげてます」そう言うや、合掌しお経をあげ始めたのですね。私は、ずーとおばあちゃんのお経を聞いてました。

そのおばあちゃんとは、十年以上毎月のようにお会いしてましたが、お経を空暗記できるなんて知りませんでしたから、「何でこのタイミングなの?」とまたまた不思議に思い、聞いていたんですね。

ですから今月、月はじめには、なんと90代の生お経を二つも聞いたのですね。

こうなると、お経読める=教えもある(または教えが分かる下地がある)と解釈すれば、少なくとも90代は宗もあり教もあると言えるのでは?

では、90代以降はどうなのでしょうか?また、その後どんな変化があったのでしょうか?

(考えることが、大事なので)

今日はここまで・・・では、また

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先月の夢

いつの間にかもう六月です。今月より新潟市はごみの分別方法が変わりました。10分別だったかなぁ。やたらと多く今時点では詳しく把握してません。個人的には、有料化だったんだから高性能焼却炉をつくった方が正直有難いです。けれど、環境の為を考えてのことなんでしょうね、きっと。とりあえずは大変です。

大変といえば、XPパソコンが定期的(一年ごと)に調子がおかしくなり、今年も五月頃から不調でついにリカバリーかけました。今現在ソフトを慎重に入れなければと思うと憂鬱です、さらにホームページソフトも買ったからその勉強もしなきゃ(実際やってませんがcoldsweats01)という思いやら、何から手をつけていいやら・・・

そんなんでもたもたしてたら、夢の話はどうなりましたか?と問い合わせがsign02きました。つまりブログ見てますとの事でリクエストがありました。そういえば、慰霊祭の所で書いたのを思い出しましたhappy02

いや~だけど人の寝ぼけた夢語ってもつまんないですよね。けれど、歴史上の高僧が夢のお告げで云々みたいな話があるから、どうやらその方は期待されたようで・・・一応私はお坊さんだったsweat01

歴史的な立派な話はありませんが、種蒔いたのは私ですので、先月初めに見た夢の話を書きます。(そういえば、あれ以来夢自体見てないな・・・)

夢では、私はとあるビルにいきます。何故かカウンセリングの仕事を頼まれ面接に呼ばれましたらしいという設定でした。部屋には何人か結構いるのですが、人の顔は真っ暗です。(イメージはマンガ名探偵コナンの捕まる前の犯人像みたいかな)

次に夢にありがちな展開で、トイレに行きたくなります。(子供だったらここで気持ちよくおねしょなんでしょうか)まぁトイレを探すのですが、廊下が古い病院みたいになっていて、しばし歩くと「御手洗」と時代を感じさせる字で書かれた大きなトイレがありました。しかし、中に入ると沢山のご遺体がsign03

えっwobblyといいすぐ閉めました。(夢ではあっさりした驚きです。こんな事あるんだなって感じなのかあっ間違いましたhappy02って感じ)振り向くと女子トイレがありましたが、ここもご遺体がぎっしりという感じでとりあえずトイレはやめました。次に階下に行きますと、地下にいく通路を発見。しかし、階段はなくバリアフリー。そこへ、入ろうとすると老人が数人出てきて私を止めます。「ここからは普通の人間は入れないよ」と制止するのですが、なんとなくその向こうの世界の雰囲気を感じた私は[大丈夫、坊さんです」といい地下へ行きました。

そこは体育館のような大きい広場で、ものすごい沢山の人がいます。役人らしき人が帳簿を見ているのですが、字が読めないのか悩んでました。「どうしたの?」といいのぞくと、名簿らしきものでしたので、名前を読んであげました。すると、私の回りに感謝を述べる方々(男性ばっか)が集まり、「助かったよ孫たちは読めなくてね。だから、ここで足止めなんだよ」といった内容をいわれて、目が覚めました。

なお、地下にいた人、トイレのご遺体はカラー映像で、どうやらすべてあの世の方々みたいで、戦没者みたいでした。対して生きてる人はすべて真っ黒で顔が判別できないという夢の中の設定がありました。

何故、慰霊祭の時にこの夢を思い出したのかといえば、あの名簿は過去帳(のようなもの)ではなかったのか。と思ったからです。つまり、供養してといいつつ、実際誰の供養なのか?分からない顔ぶれといった方々達の視線を(法話の時)感じてしまい、つまるところ「何の為に遺族年金もらったのか?」という疑問も持ちました。

こういった話は受け取り様によっては難しいのですが、実際戦没者の方々はニコニコしており、けれど寂しい顔で孫に気付いてほしい事があるんだ、あんた頼むよみたいな事をいって消えて行ったので、遺族云々の話ではないから誤解なきように。

今の6、70代の方をみると、私がこの寺に来た6、70代と明らかに違う印象をうけましたし、私自身が認識する老人とは違うのです。時代の変化ではなく精神面の変化が見られます。先回、宗はあるが教がない日本人と書きましたが、ここに関連しそうです、話が長くなるのでまた書きます。

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花まつり

花まつりが無事終了致しました。心配していた天気も大丈夫で予定通り「おねり」も出来てよかったです。第七回の花まつりにはなりますが、全体を通しての印象としては、いまだ認知度プラス他の稚児衣装着る行事と区別がつかない方も多く、今後の展開に工夫が必要かな?と思いました。

とりあえず、http.//www.0256.tvに動画ニュースが流れています。興味ある方は、見てください。

「宗」はあるが「教」がない日本人。 

一口に宗教といいますが、「宗」と「教」という二つの認識は重要です。初詣やお盆にみられるよう、「宗」すなわち言語化されてない行動には、非常に厚い信仰心がある国民です。そんなのりがあるから、稚児衣装を着て華やかにおねりをするスタイルで企画スタートすれば「中之口花まつり」も成功するかも?と思い始めましたが、なんとか続いたのはやはりそういった日本の国民性なんでしょうか?まあしかし二順目を迎えた今となって思うことは、これからはやはり「教」は大事ではなかろうか?と思うわけです。

煩悩おさまらぬ世だからこそ・・・

煩悩の究極というか、行き着くところは「なぜ生きているの?」かも知れません。この問題は考えれば考えるほど悩みます。きっと、今回参加された親御さん方も、自身悩んでるかもしれないし、いずれは我が子にこんな質問をされる日が来るかもしれません。このなぜ?という認識は、人間である以上なくなりません。だから不安になり絶対者の存在で決着つけようとしますから、宗教は必要でもあるし、またいろいろ宗教がでてくる理由があります。今のところ、これに代わるものが出てきませんから、宗教を必要とするのは人として当然なのです。

つまり、宗教は人間の本質に根ざしてますから、無宗教という言葉を平気でいう感覚の親や人の存在が、いかにこれからの命(狭くは子供とか)の存在、人の生き方を悩みの底へ突き落としてしまう感覚、発言に繋がるのかを気付く必要があると私は思い考えます。

 数ある宗教の中で、仏教が今日まで残っているのは、それだけでも人間として生きる智慧が詰まっている証です。けれど、寺で育った私自身、仏教が素晴らしい教えだと気付くのが大学生頃だったので、その背景には、日本人の宗教感覚がずれている社会の存在があるのでは?思うようになりました。おっと話が難しくなりそうなので、やめますが、とりあえずは、花まつりがおわってホッとしました。そして、参加された関係者にはあらためて感謝申し上げます。

追伸 その後の展開はまた書きます。   合掌

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娘達の運動会

今年は運動会は快晴sunでした。しかし、例によって丸々休み取れない我が身ゆえ、今年も運動会は見学出来ず朝のテント張りと終了してのテント片付けが私の親としてのつとめでした…

妻には(上の子が)「小学生最後なのに、出ない親は最低sign01」とまで言われましたが、こちらも反論。「仕事をちゃんとやる親がいいか、仕事をサボってまで見に行く親がいいか」

しかし、聞いてた妹が「運動会見に来る親に決まってるでしょsign03」といい「サイテー」のおまけつき。

別に遊びにいってるわけではないのだから、深い縁を理解すればきっといつかわかるさ。気にしない気にしない。だいたい親がやる訳でないのだから・・・けれど、結構、田舎だから、はたまた近年の傾向なのか親参加競技があったんですね~

まあ、上の子は一つも文句ないから、ほっとしてますが、試合結果は上の子の赤組は負けで、サイテーといった妹の白組が勝つという結果で、ちょっとお姉ちゃんがかわいそうだったので、特にほめてあげました。ちなみに、娘は選手宣誓をやったみたいで、それを見た他の親にほめられたのをほめてあげました。

最後に、妻よ、小さな赤子を見ながらで大変でしたね。女性は偉大です。合掌

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慰霊祭

先般5/16慰霊祭を行いました。新潟市合併したら大きな慰霊祭はなくなりましたが、地元慰霊祭は存続しております。補助金とかいろいろ問題があるとの事ですが、供養の気持ちは変わらず持ち続けて頂きたいものです。

思えば最初に依頼されたのが、20代後半でした。当時は「わだつみの声」を読んでそこから法話を展開いたしました。終了後「あんたのような若い人から特攻隊の話が聞けて感動致しました有難う云々・・・」と特攻隊経験者から言われ、その後は生のわだつみの声を聞きました。

しかし、あれから十年ちょっと経ちましたら、顔ぶれも大分変わり体験者のお年寄りもいなく、空虚感というか、上手くいえませんがそんな気持ちです。

このたびは、先月「長岡戦災資料館」に行きましたので、その話を交えてお話をしました。そうしましたら法要後「当時私は小さかったけど、米蔵の焼け跡からくすぶった米をもって長生橋のたもとで水を汲み飯を食べました」という話が聞けました。

ちなみに、「長岡戦災資料館」は大手通り沿い、第四銀行あたりのビルの一階フロアにあり無料で入れます。長岡の焼失市街地模型、焼夷弾模型その他資料展示されてます。ビデオも見れました。その中で印象深く残った話が、焼け跡へ行き幼い弟妹を探した方の体験です。

「焼けた家から兄弟たちを見つけました。状況からして、幼い弟はさらに幼い妹達をかばうようにして焼け死んでました。この光景を見たとき、それまでいろいろ弟には偉そうにいって来たけど、果たして自分が空襲のさなかに妹達を守りかばう弟のような行動が出来ただろうか?と思うと私は一生、弟に頭が上がりません」という言葉が深く感銘いたしました。また機会があれば、「長岡戦災資料館」に行きたいと思います。みなさんもどうぞ。

ともすれば親兄弟殺しあう世の中、自ら死を選択しがちな世の中。だからこそ、多くの死によって、生があることを見つめ考える世の風潮が求められるかと思います。私は、これまで仏事を通して一貫して、言い続けていたのですが、言う相手がほとんどお年寄りです。世の中にあまり変化が感じられません。しかし、ブログを通してだと伝わる事がありそうな予感がしてきました。 効果は未知数sign01

余談ですが、今月はじめに奇妙な夢をみました。今、これを書いてたら、なんか関連があるのかなと思う気がしてきました。今になっても何故か夢なのに忘れずに私の記憶にあります。この話は長いからまた後ほど書きますが、今日は、お年寄りのいる家庭の方は、昔話を聞いてあげて戴ければ自分の生きるヒントが、いやお互いがよりよく生きる哲学が、そこに発見できるかと思います。

                                       和尚合掌

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